アゼロス大陸で最も商魂たくましい種族といえば、ゴブリンです。
交易のネットワークをアゼロスの世界中に展開している彼らは、その組織力を活かして、あらゆる地域をビジネスの場とすることで大きな利益を稼いできました。
商機があると判断すれば、砂漠地帯のタナリス地方にも交易都市ガジェッツァンを建設するし、ポータルを通って異世界であるドラエナ大陸にも渡って商売します。
崩壊したドラエナの中でも特に損傷が著しく、さらには中央大陸から隔離された地域であるネザーストームにだって、無理やり輸送用の橋を架けてまで進出するのです――
ネザーストームにおいてゴブリンたちが達成しようとしているプロジェクトは、高度に成長した彼らの商事業にふさわしい、宇宙開発ならぬ異次元開発でした。
現実の世界でも、先端技術を駆使して未開発である宇宙を開拓し、活動領域を地球外まで広めようとする宇宙開発の事業が、国家単位で競われています。
あらゆるノウハウを得てアゼロスの商業界をリードするゴブリン種族は、自分たちの技術と経験を結集させて、捻じれし冥界とつながりがある異次元の世界をいち早く研究および開拓し、この分野におけるアドバンテージを得ようとしているのです。
その捻じれし冥界が多発するネザーストームに、エリア52(Area 52)という集落を設けてロケット基地を建設し、そこから捻じれし冥界の内部に向けてロケットを打ち上げようとする、前代未聞の計画を構想しています。
このエリア52で従事する大勢の職工の中に、スパーキー・ウーバースラスター(Sparky Uberthruster)というゴブリンがいて、ある作業長のもとで弟子として働いていました。
ネザーストームの数々の捻じれし冥界が発生する放射性エネルギーからの被ばくを避けるために、エリア52の作業員は全員が特殊なヘルメットを着用することが義務付けられていましたが、面倒くさがりなスパーキーはそれを拒否し続けていました。
頭部をむき出しにしたまま活動し、放射性エネルギーを直接頭部に浴び続けたスパーキーは、とうとう狂気に陥ってしまったのです。
錯乱(さくらん)した彼は親分が所有していた部品や装備品をあらかた盗み出し、エリア52の近くにキャンプを設けて自らドクター・ブーム(Dr. Boom)と名乗っては、盗品から組み立てた自走式の爆弾をエリア52へ送り込んで襲うようになりました。
予想外の脅威にさらされ始めたエリア52――そこを訪れたプレイヤーたち冒険者に対して、ドクター・ブームの親分であった作業長は、狂った弟子の処分を依頼します。
「World of Warcraft」におけるドクター・ブームは、その作業長から依頼されるクエストの討伐対象となる、敵対キャラクターです。
ドクター・ブームは非常に体力が高いものの、動くことや遠距離攻撃は一切せずに、直線的に走るブームロボ(Boom Bot)をプレイヤーに多数仕向けてきます。
それらを避けながら、遠隔攻撃によってドクター・ブームを倒すという、まるでシューティング・ゲームのような討伐クエストをプレイヤーは経験することになります。
このようにダンジョンのボスですらない、一般的なクエストの対象に過ぎないドクター・ブームは、旧神やリッチキングなどといった数々の大物たちと比べては、スケールが大きく見劣りする悪役のレジェンド・ミニオンです。
そうであるにもかかわらず、彼がハースストーンの世界では高い知名度を誇るようになり、さらには今作「博士のメカメカ大作戦」の主役にも抜てきされた要因は、やはりハースストーンのゲーム内における尋常ならざる強さにあったと思います。
2014年末に「ゴブリンvsノーム」のカードとして発行された当時のドクター・ブームは、「Dr. Balanced」「Dr. 7」などと批判気味に揶揄(やゆ)されながらも、比類なきバリューを持つ最強カードとして多くのプレイヤーに認識され、そして多用されました。
開発陣のディーン・アヤラ氏がツイッター上で開催した「最強カード決定戦」においても、コミュニティから歴代No.1のカードとして選出されました。
「World of Warcraft」のドクター・ブームは、射撃スキルのレベル上げ用の標的としてしか話題に挙がらず、有名であるとは言いがたい存在でした。
狂った工務作業員として登場してから約8年後に、ハースストーンの世界で再登場すると、彼は突如として脚光を浴び、ハースストーンの全プレイヤーに認知されるほどのスターに躍り出たのです。
「ゴブリンvsノーム」セットには、他に知名度と存在意義が高いレジェンド・ミニオンが大勢いたのですが、とうとうゴブリンのリーダー格である商大公ガリーウィックスでさえも、コミュニティの認知度という面においてはドクター・ブームを上回ることができませんでした。
その後には、ドクター・ブームをメインに据える二次創作物や非公式グッズなども相次いでデザインされたばかりか、とうとうドクター・ブームが拡張セットの看板となるまでに至ったのです。
ハースストーンを代表するWarcraftのキャラクターは大勢いますが、その中でもドクター・ブームは、ハースストーンの世界が名物に仕立て上げた人気キャラクターです。