発表された新しい元号の「令和」に、どのような感想を抱かれましたか?
私は菅官房長官による掲示を見た瞬間「意外!」と直感した直後に、「何か冷たい感じだな…」という第一印象を字面(じづら)から得て、身が引き締まる思いをしました。
「令」という字は「命令」や「法令」などの言葉を連想させるため、そこから厳しさや強要のイメージを感じ取った方も少なくないと思われます。
名前に「令」が入る既存のハースストーンのカードを振り返ってみると、「守備隊司令官」「アージェントの司令官」「殺しの命令」「伝令するものヴォラズィ」「号令」の5種類があって、やはりいずれも上官が部下に指令を下すという意味合いで「令」の文字が用いられています。
しかしながら、新聞各紙の「令」の解説を読み込む内に、私は今ではすっかりこの文字がお気に入りとなりました。
一般的な「命令」系の用例の他に、「令息」「令名」「令徳」などにも用いられているように、「良好で優れている」「き然とした姿かたちが素晴らしい」「他者を尊重する様子」などの意味も表すことができる文字なのだそうです。
君主が指図をして命令する情景と、それを整然として聞き受ける人々が滞り(とどこおり)なく完遂する情景の、2種類のシーンが「令」という字には込められています。
「令嬢」「令室」「令夫人」といった才女を示す熟語にもよく用いられ、こちらからは「凛としてうるわしい」「美しく清らかな」「知的で気品ある」などの、平成時代の後期に日本でも流行したクール・ビューティーな女性のイメージを想像させます。
一方の「和」は、もうおなじみですよね。
主に「穏やか」「平和」「調和」などの意味を持つ「和」は、千年以上も前から元号の常連となっていた、古くから日本人が好む文字の一つです。
――ん?
そう言えばWarcraftの世界にも、太古の時代から、静かに穏やかに、そして平和(Peace)だ調和(Harmony)だと日頃から主張している種族がいましたよね――
平和をつかさどる女神エルーンを深く信仰する、ご存知ナイトエルフたちです。
強力な魔法を使えるけれども自制して侵略は基本的に好まず、排他的ではあるけれども自然界との共存を目指す彼らは、「和」の文字に最も近い思想の持ち主ではないかと思えるのです。
そしてナイトエルフに限定したときに「令」の文字を組み込んでみると、これはもう、そのリーダーであるティランダ・ウィスパーウィンドが真っ先に思い浮かんで、以降は彼女以上に「令和」の語感と合致する存在を発見できないのですね。
彼女は平和の女神の補佐役筆頭であり、かつ「良好で優れて」いて、「き然とした尊重されるリーダー」で、「凛としてうるわしい」「美しく清らかな」「知的で気品ある」英雄なのです。
「令和」の本当の意味は「平和となるように命令する」ではなく、「穏やかながらも積極的に自発的に平和を働きかける」とのことであり、やや利己的ながらも活発かつ冷然としたティランダの郷土愛とよくマッチしています。
ごく最近では、彼女はプリーストから好戦的なウォリアーに変貌されたようですが、ハースストーンの世界においては相変わらず「令和」版のままです。
令和の時代にこそ、そのティランダのヒーロー・スキンを再配布してほしいものですよね。
今度は、語源や出展とイメージが似合うハースストーンの要素を探してみます。
「令和」は、日本最古の歌集である万葉集を典拠とする元号です。
この開演の辞を記した、「梅の花見」の酒宴の主催者である大伴旅人(おおとものたびと)は、「酒に浸れる酒壺になりたい」と表現するほどの大の酒好きなのだそうです。
Warcraftの世界で有名な酒好きといえばドワーフとパンダレンですが、後者の方は詩と歌を日常的に好む特性があり、様々な詩人や歌人が収録された万葉集とも相応する種族です。
長い歴史を誇るパンダレン種族は、同じく長い伝統を持つ現実世界の中国の文化をモデルとしています。
もともと日本の元号は中国古典を由来とする慣習があり、「令和」こそ初めて日本古典を出展としたものの、中国を代表する花である梅を題材としており、やはり「令和」とパンダレンには中国つながりの共通点があります。
パンダリア大陸のいたる所に梅を模した花が見事に咲き誇っているだけでなく、その名も「Pandaren Plum Wine」というパンダレンの梅酒まで登場しているのです。
そして、大昔から闘争に明け暮れた過酷な環境における中国の治世術を教訓にすることも意義としてきた元号の制定は、太古の時代に争いと混乱にさらされる中でどうにか平穏に生き抜く知恵を蓄えてきたパンダレン種族の歴史を思い起こさせます。
他にも、ハースストーンのパンダレンと万葉集発の「令和」には共通点がいくつか存在します。
パンダレンの酒造大師(Pandaren brewmasters)は、お酒が好き過ぎるがあまりに故郷から離れて世界の銘酒を求める冒険家たちであり、左遷という理由ではあるものの故郷から離れた無類の酒好きである大伴旅人とパーソナリティーがよく似ています。
その大伴旅人が九州の太宰府へ都落ちしながら「中央から離れても名門の誇りを失うまい」と矜持(きょうじ)を保つ様子は、同じく名門貴族の生まれながら故郷の都から移住して砂漠の地方都市で暗躍したアヤ・ブラックポーの境遇とも似ています。――もちろん旅人は、翡翠蓮のように強盗犯罪には手を染めていませんが!
太古からの王朝と文明の歴史を語り継ぐ探話士チョーは、「理想的な道徳と政治のお手本を古典に求める」という現在の元号の意義そのものと同じ理念を掲げています。
そして、「穏やかに平和活動へ自主的に取り組む」という「令和」の元号の本意は、パンダレン種族全般の主義とイデオロギーそのものです。
「ドラゴン年」の第2拡張セットがパンダリア関連ではないかと憶測が飛び交う中で、新拡張セット「爆誕!悪党同盟」でも新しいパンダレン種族のキャラクターの登場が確定するなど、令和の時代においてもパンダレンのより一層の活躍を見込むことができそうです。
その新拡張セット「爆誕!悪党同盟」に関しても、奇遇にも二つの大きな「令和」との類似点(るいじてん)が見受けられるのですね。
まず一つは、革新的な目新しさと回顧的な前例尊重のミックスです。
「悪党同盟」は、「双呪文」や「悪の手先」といった新しいタイプの能力の提供を継続しつつも、「禁じられし呪文」や「黄金のサルの秘宝」などの能力の再登場に代表される、最盛期のハースストーンのメカニクスを今一度利用することも大きなテーマの一つとしています。
ラファームやトグワグルの再登場も前例尊重のテーマでありながら、彼ら自体はハースストーンの世界で独自に生まれた革新的なキャラクターたちである訳で、さらに一方では「ダララン」や「カドガー」などを採用して「Warcraftの骨太な世界観を踏襲する」という良き伝統を取り込む保守性も維持しています。
「令和」の方に目を向けると、史上初めて中国ではなく日本の古典が出展となった元号であることが歓迎されつつも、伝統を断ち切ったその革新性は驚きをもって受け止められました。
総計248種類もの元号の中で、史上初めて「令」の文字が用いられたことについても目新しさを感じさせます。
そうでありながら、つい最近の「昭和」にも用いられた「和」が再利用されることで、平和やなごやかさを望む古くからの伝統的な思想がそれに融合されています。
もう一つは、「悪党同盟」リリース直前に公式に表明された、開発陣のユーザーとの向き合い方に関する方針です。
どのような事情があったのかはわかりかねますが、とにかく「ドラゴン年」からはコミュニティと対話する機会やフィードバックを得る機会を倍増したいと、彼らは公言してやみません。
もちろん、その姿勢はハースストーンの進化を良い方向へと導くことでしょうし、それは「令和」に込められた意義の解釈の一つでもあります。
「和」の一文字を象徴とする「和をもって貴し(とうとし)となす」という故事には、「皆が争いなく仲良くする」という周知されている意味の大前提として、「対立が深まらないよう納得がいくまで議論する」というおおもとの由来があるのだそうです。
そのため「令和」は、「人々が心を寄せ合う理想的な環境を構築するために、整然とした秀逸な議論を交わすことを促す」と解釈することもできるようです。
関わる人々全てを尊重しながら対話を続けることで、すがすがしく上質な、理想的である未来を求める姿勢については、ハースストーンも令和時代も立場を同じくしています。
強引なこじつけも多少はねじ込みましたが、「令和」を解説しながら、ハースストーンで「令和」を例えてみる今回の特別コラムはお楽しみいただけましたか?
登場時に一大ブームを巻き起こしたハースストーンは、マンネリ化による顧客離れだけならまだしも、企業ブランドのイメージ低下や開発体制の大転変といった、ゲーム性以外の要因による少なくないダメージを負いました。
大きな転換期を迎えていることには間違いありませんが、それでも色あせていない多様な価値――つちかってきたゲーム性と世界観、技術と魅力に富む開発陣たち、いまだに他と比べて良質であるコミュニティ――があるはずです。
来たる令和時代のイメージは「厳しい冬と雪に耐え抜いた梅が、清らかに見事に返り咲く」という情景であると、首相談話では解説されていました。
今なお熱中して愛着もあるハースストーンが、そのイメージどおりに、平成時代の末期に起きたあらゆる苦難を乗り越えて、令和時代には凛とした存在感を誇り続けるゲームになることを期待しています。