Warcraftの舞台であるアゼロス大陸には、神とみなされている超越的な存在が十数体います。
クトゥーンやヨグ=サロンも――極めて邪悪であるものの――その神として捉えられている強大な存在で、「旧神」という呼称で崇(あが)められています。
もちろん、邪悪とはかけ離れた神も存在します。
月の女神エルーン(Elune)はその1体で、アゼロスに平和、調和、静寂、沈静化をもたらそうとしています。
1万4千年も前からエルーンと関わりがある現ナイト・エルフ族は、エルーンを崇めて、エルーンに忠誠を誓っています。
そのナイト・エルフたちに対してエルーンは、僧侶としての在り方や自然と調和するすべを指南しています。
エルーンとマローンとの間に設けられた子のセナリウスが、無形の存在であるエルーン自身に成り代わり、後にグロム・ヘルスクリームに討たれるまでナイト・エルフ族へエルーンの教えを伝授し続けました。
神の実子であるセナリウスからドルイド僧の知識を習得した一人がマルフュリオン・ストームレイジであり、女神エルーンから僧侶の神聖な力を習得した一人がティランダ・ウィスパーウィンド(Tyrande Whisperwind)です。
ティランダは、エルーンに仕える女性司祭の集団「エルーンのプリーステス」の一員になることで、僧侶としての道を歩み始めます。
「エルーンのプリーステス」は、戦乱や有事の際にエルーンへ祈りを捧げて、神秘かつ強大なエルーンの魔力を呼び寄せることを主な任務としています。
優秀な司祭として順調に活動していたティランダの人生は、悪魔の襲来によって激変することになります。
今から約1万年前に、悪魔の総帥サーゲラスが率いる軍団のバーニング・リージョン(Burning Legion)がアゼロス大陸に侵攻しました。
ここで古代のエルフ族やドラゴン族が勇敢に立ち向かい、結果として悪魔の軍団を撃退することに成功しましたが、大戦乱の中でアゼロス側も膨大な損害を被りました。
その大きな損失の一つは、「エルーンのプリーステス」の最高位が死亡したことです。
エルーンに仕える女性司祭集団の頂点に立つ「ハイ・プリーステス」のデジャーナ(Dejahna)が戦死したため、「エルーンのプリーステス」は再編成を余儀なくされました。
デジャーナは臨終の間際に、こう言い残します。
「私の後継者は――
エルーンの寵愛を受け、エルーンから直々に女神の力を授かった、ティランダ・ウィスパーウィンド――」
これよりティランダは、「ハイ・プリーステス」として「エルーンのプリーステス」の最高指導者となり、1万年にわたってナイト・エルフ族のリーダーとして彼らを統率することになったのです。
プリーストのヒーローとして登場することがプレイヤーから待望され続けていた、伝説級のエルフ族の英雄がハースストーンに参戦します。
ティランダと切り離すことができない関係を持つのが、ナイト・エルフのストームレイジ兄弟です。
ティランダは幼少の頃より、マルフュリオン・ストームレイジとイリダン・ストームレイジの双子の兄弟と活動を共にしてきました。
3人で森林の中を駆けて競争したり、狩猟の仕方を学び合ったりして、互いに成長していきました。
それぞれが青年期を迎えると、友情を超えた感情が芽生え始めます。
マルフュリオンとイリダンは共に、ティランダに対して恋心を抱くようになったのです。
もともとイリダンはマルフュリオンよりも高い能力を有し、血気盛んな性格であったため、自信を持って積極的にティランダへアプローチしました。
しかしながら、ティランダが選んだのはマルフュリオンでした。
自分より劣る存在だと思い込んでいたマルフュリオンに敗れるかたちで失恋し、大きなショックを受けていたイリダンに、悪魔の手が忍び寄ります。
エルフ族から悪魔となったサヴィアス(Xavius)が、得意の精神攻撃によってイリダンにささやき続けたのです。
「取るに足らない悩みだイリダン、マルフュリオンを暗殺すれば恋のライバルがこの世にいなくなるではないか――悪魔の力を借りれば容易なことだ」
悪魔の誘惑にとらわれたイリダンの暴走は、ここから始まったのです。
イリダンは悪魔の総帥のサーゲラスに接触し、悪魔の軍団における最初のデモン・ハンターに成り果てました。
狂ったように力を求め続けるイリダンは、悪魔の力を得るだけにとどまらず、アゼロス大陸を半壊させた久遠の聖泉(Well of Eternity)の水を持ち去って乱用することを企てます。
この莫大な魔力を有する水を移送し、第二の久遠の聖泉を作って平和を脅かすという暴挙にいたったイリダンを、マルフュリオン、ティランダ、セナリウスらナイト・エルフ軍が総出で捕らえました。
イリダンが捕獲されてから約1万年後――悪魔の軍団が再襲来し、第三次大戦がぼっ発しました。
劣勢のナイト・エルフ軍を率いるティランダは、抵抗するイリダンの監視員を殺してまでイリダンを解放し、彼に助力を求めます。
1万年の歳月が経過してもなおイリダンのティランダに対する想いは強く、ナイト・エルフ軍のためではなく、ましてや恋敵であるマルフュリオンのためでもなく、ただティランダのためだけに戦場へ赴きました。
悪魔の司令官の本隊がイリダンを包囲しているとの一報を受けて、ティランダとマルフュリオンは交戦地帯に駆けつけました。
そこで彼らが目にしたのは――司令官を含めた悪魔の本隊が全滅している凄惨な光景と、その中央で悪魔の緑色の血を多量に浴びてたたずんでいる一人のエルフでした。
そのエルフ、すなわちイリダンもまた、悪魔特有の忌まわしいオーラを発していることに、ティランダは恐怖心を抱いていました。
後にイリダンは、この件も含めて、自分の強大な力をティランダに誇示したかったのだとティランダ本人に直接語りました。
それに対してティランダはこう返答します。
「イリダン――あなたは誰にも劣らない資質を有していながら、それを伸ばすことなく、常に外部から力を得ることに固執していたわ。
たとえあなたが莫大な魔力を取り込んだとしても、あなた自身の中にある根本的な『強さ』が共に莫大となるわけでは決してない。
マルフュリオンは、常に心身を見つめて鍛錬し、自己の内部から『強さ』を気丈に伸ばし続けることができる人――これが彼を伴侶として選んだ理由よ。」
明かされた失恋の理由を聞いたイリダンは、とうとうティランダのことを諦め、自分を投獄した監視員の追跡から逃れるためにアゼロス大陸から立ち去りました。
World of Warcraftにおけるティランダ・ウィスパーウィンドは、ナイト・エルフの首都であるダーナサスで、統治者を務めているキャラクターです。
人間種族のリーダーがストームウィンドのヴァリアン・リンであったように、またドワーフ種族のリーダーがアイアンフォージのマグニ・ブロンズビアードであったように、ダーナサスのティランダはナイト・エルフ種族のリーダーです。
初代「World of Warcraft」から登場し、約12年が経過した今でも変わらずに首都のリーダーを務め続けているのは、大変珍しいケースです。
そのために、アライアンス陣営側の古参プレイヤーであれば、ほぼ全員がティランダの名前を知っています。
ダーナサスでプリースト向けのクエストを授けるだけの存在でしたが、第3の拡張セット「Cataclysm」以降では、重要なイベントにおいてたびたび登場してくるようになりました。
最新の拡張セット「Legion」では、ティランダは過去作のどれよりも活発な行動を見せることになります。
それもそのはずで、ティランダと縁が深いイリダン・ストームレイジが「Legion」の主役の一人なのです。
ティランダはヴァリアン・リンの葬儀に出席した際に、「イリダンと共に活動していたデモン・ハンターたちを解放して対悪魔の兵団に加える」というアンドゥイン新国王の提案を了承します。
このエピソードによって、プレイヤーが選択できる新たなクラスとして、デモン・ハンターがWorld of Warcraftに追加されました。
12番目のクラスであるデモン・ハンターは、炎や氷などの全属性を兼ね備えたカオス属性を使いこなす近接攻撃要員で、軽装ながら盾役として活躍することもできます。
「Legion」の作中では、ティランダの最愛の夫であるマルフュリオン・ストームレイジが捕らわれの身になってしまいます。
マルフュリオンを束縛したのは、過去にティランダたちと因縁があり、一度は彼女たちによって討伐されたサヴィアスです。
精神攻撃によってイリダンを悪魔の道にいざなった、元エルフ族の悪魔です。
サヴィアスはグリーン・ドラゴンを率いるイセラを悪魔の力で汚染して手中にし、サヴィアスを追ってきたティランダに対してこう迫ります。
「お前を苦しめるこの瞬間を長い間待っていたぞ、ティランダ――さあ、このまま最愛の夫を探し続けるのか、イセラに襲わせている大切なエルーンの寺院を救いに戻るのか、選ぶがいい。
何というジレンマだろうね、ハイ・プリーステス!」
苦渋の決断の末に「ハイ・プリーステス」であることを優先したティランダは、エルーンの寺院に引き返し、その防衛を成し遂げました。
そしてイセラの最期をみとり、サヴィアスへ復讐することを固く誓います。
プレイヤーたち冒険者の協力を得て無事にマルフュリオンが救出された際には、「あのとき彼を選ばなかったことを悪夢として見続けながら、この先ずっと孤独に暮らすのだろうか」という苦悩があったことを打ち明け、感謝の意を述べました。
その復讐の相手であるサヴィアスは、9月20日にオープンしたばかりの大型ダンジョン「エメラルド・ナイトメア」において、最終ボスとして立ちはだかります。
果たして、どのようなかたちでサヴィアスとの決着がつくのでしょうか。
そして、悪魔の軍団側の最終兵器として蘇生されるイリダンは、どのようなかたちで再び私たちの前に、マルフュリオンとティランダの前に現れるのでしょうか――