かつてのマイエヴは、若き日に狩猟の経験こそあれ、円月輪を常備するような狩人ではありませんでした。
ティランダ・ウィスパーウィンドと同じく、エルフの女司祭「エルーンのプリーステス」の一員として活動していました。
月の女神エルーンに仕える高僧のマイエヴと、エルーン専属の警護隊長に昇格した弟のジャロードは共に、高貴ではなかったシャドウソング家の出身でした。
そのために、人一倍努力してそれぞれの地位についたのだと見なされています。
マイエヴはティランダの先輩にあたり、司祭の最高位である「ハイ・プリーステス」の次期候補と目されるほどの有力者でした。
しかし、悪魔との戦争において「ハイ・プリーステス」のデジャーナが戦死する間際に、その後継者としてデジャーナと女神エルーンが選んだのは、マイエヴを始めとしたベテランではなくティランダでした。
マイエヴはその決定に釈然としない思いを募らせ(つのらせ)、不満の感情をあらわにしてはいましたが、ティランダが実際に秘めていた大きな力を否定するほど愚かではありませんでした。
後輩が台頭し、弟が着実に出世していく有りさまを目にして、マイエヴは焦燥(しょうそう)感を抱いていました。
――その彼女に転機が訪れます。
悪魔との戦争の最中にティランダが捕らわれ、彼女が失踪したのです。
そして暫定(ざんてい)的にマイエヴが「ハイ・プリーステス」に就任することになりました。
リーダーとなったマイエヴは、弟ジャロードの軍勢と合流して悪魔たちを斬り伏せ、一方では負傷した大魔導師ローニンの治療に携わるなどして、攻守に大活躍を見せたのです。
しかしながら、ほどなくしてティランダが帰陣したため、その時点でマイエヴはやむなく「ハイ・プリーステス」の座を彼女へ返還することになりました。
マイエヴの数々の功績は、結局マイエヴ自身の地位の向上に反映されるまでには至りませんでした。
この頃には、まだマイエヴの心の中にティランダへの敵対心はありません。
ただ、ティランダに対する一方的な確執は、この頃より芽生えていたのです。
その悪魔との戦争において、エルフ族に多大な衝撃を与えた事件が、イリダン・ストームレイジが暴走したことです。
ドルイド最高僧マルフュリオン・ストームレイジの双子の弟であり、エルフ族最強の妖術師でもある彼が、エルフ族に背いて悪魔の化身となったのです。
イリダンは、ティランダに対する失恋というあまりに個人的な理由から悪魔の道に誘われてしまいました。
そして悪魔の力を得るだけにとどまらず、アゼロス大陸を半壊させた久遠の聖泉(Well of Eternity)の水を持ち去って乱用することを企てました。
この莫大な魔力を有する水を移送し、第二の久遠の聖泉を作って平和を脅かすという暴挙にいたったイリダン――
その彼を、マルフュリオン、ティランダ、セナリウスらを含めたナイト・エルフ軍が総出で捕らえました。
イリダンを無力化して地下深くの檻(おり)に幽閉したマルフュリオンは、彼を監視する重要な任務を、数名のプリーステスと共にマイエヴへ託しました。
処刑しない甘い裁定についてマイエヴは異議を唱えていたのですが、当時の彼女はマルフュリオンに多大な敬意を抱いていたため、マルフュリオンの判断を尊重して指示されるままに監視を引き受けることにしたのです。
こうしてマイエヴは、ウォッチャーズと呼称するエルフの守衛団を新たに組織することになります。
自らもプリーステスからウォーデン――罪人の監視官――という新たな役職についたのです。