「おう、背中に気ぃ付けぇや、影から『白眼(ハクガン)』が飛び出てくるかもしれん」
――深夜のガジェッツァンの裏通りでは、このような忠告が横行しています。
白眼は、「翡翠蓮」所属の屈強な戦士です。
「動かざること山のごとし、疾(はや)きこと稲妻のごとし、凄まじきこと嵐のごとし」とたとえられ、ガジェッツァン市内で最も恐れられているヒットマンです。
体格、強度、そして語られる伝説の規模が、いずれも規格外の大きさを誇るために、白眼こそが謎の組織「翡翠蓮」の首領であると信じられています。
しかしながら、その推測は誤りです。
「翡翠蓮」の内部の者ですら、ほとんどが知らない秘密の事実が、白眼は真の首領のガードマンに過ぎない存在であることです。
「翡翠蓮」の真の首領は、もっと小柄で、ガジェッツァンにおいて高名で、それでいて恐ろしさでは白眼に劣らない名士なのです――
アヤ・ブラックポーは、大富豪であるブラックポー家の最後の末裔(まつえい)です。
慈善事業家として多額の出資をガジェッツァンに投じていて、市民から高い名声を得ています。
最も有名である慈善活動は、ガジェッツァン市立古代秘宝博物館を建設したことです。
若く精力的にガジェッツァンへ尽くすアヤは、彼女の表向きの仮面に過ぎません。
このアヤ・ブラックポーこそが、名声の影で非合法な活動を行い、「翡翠蓮」を束ねている真の首領なのです。
その実は計算高く、無情――
上流階級の社交場で見せる笑顔の裏で、使用人である白眼を通じて、目の前にいる貴族を暗殺するよう「翡翠蓮」に命じたりしているのです。
アヤ・ブラックポーを目の前にして、その正体も知らずに彼女の眼を輝かせ、彼女に不敵な笑みを作らせる愚か者は、突然の死を覚悟せねばなりません。
最近に、ガジェッツァンで翡翠の盗難事件が相次いでいるという報道を見聞きしたことはないでしょうか。
あるいは、アヤ・ブラックポーが設立した博物館で、翡翠が高く買い取られていることをご存知でしょうか。
いずれも、「翡翠蓮」の最終計画の実行に必要な翡翠を、彼らが密かに収集するための行為なのです。
「翡翠蓮」の最終計画とは、翡翠のゴーレムの量産です。
アヤ・ブラックポーが「翡翠蓮」の首領たるゆえんは、破壊兵器である翡翠のゴーレムを造り出せる唯一の存在であることです。
どのようにして身に付けたのかは判明していませんが、彼女はいにしえの魔王の霊魂と契約し、集めた翡翠から可動兵器を生産する力を備えています。
翡翠のゴーレムの最たる恐ろしさは、生産されるごとに、以前に生産されたゴーレムよりも強大になることです。
「翡翠蓮」は翡翠をかき集め、より強力な兵器を求めて翡翠のゴーレムを量産し、ガジェッツァンおよび大陸全土を支配する究極の目標に向けた準備を進めています。